連載企画 小説版 『幸運対菓』 その2 (隔日掲載 全4回予定)

幸運対菓
ラスグレイブ探偵譚より 著作『チームレッドへリング』

【本作のアプリ版、電子書籍版などは此方から】

 そんなことがあって一週間ほど経ったある日。
 私とクラリティはパブ・イロジカルでランチを取ろうと店に向かっていた。
「ん……なんだ、この行列」
「あ、この列、イロジカルからずっと続いてるみたいですよ」
 見れば、確かにイロジカルの店内からずらっと行列が続いている。オープンカフェもほぼ満席状態だ。
 私の知る限り、この店に行列が出来たことなんてない。料理の質、ではなく、単純に知名度の問題だ。
「このところ忙しくてご無沙汰してたけど……こりゃ、一体どういう事なんだ? 」
 暫しの後、私たちはかろうじて空いた席を確保できた。
 クラリティを待たせ、注文の列に並んだ数十分後、私は、ようやくランチを持って席に戻ってこられた。
「お待たせ。やれやれ、大盛況だな」
「で、何でこんなに混んでいるんでしょう」
「これさ」
 私は、ランチメニューのサンドウィッチの脇に置かれたクッキーを示した。
「これは、クッキー? でも、ちょっと変わった形」
「こいつはフォーチュンクッキーだよ。見たことないかな? 中に占いが書かれた紙が入っているんだ」
 列に並んでいる間に聞いた話と、注文時にマスターに聞いた話を合わせて、大方の事情が分かった。
 事の発端は、二週間ほど前、ケイトがこのフォーチュンクッキーをどこからか仕入れてきた事に始まる。
 それは50個ほどのセットで、パッケージや占いの紙もちゃんとしており、味も悪くない。それに「格安で仕入れられる」とケイトが言うので、とりあえず1セット買う事にしたそうだ。
 最初は店に来たご新規さんに無料プレゼントしていたのだが、意外に好評で、ケイトを通してもう1セット注文した。
 その後は、在庫切れだというので、仕入れてきたクッキーを元に、自分たちでクッキーや占いの紙を作って販売することにしたらしい。
 するとそれが新聞の地域欄で紹介され、店には行列が出来るようになった、とのことだ。
 また、占いの紙を持ち歩くと幸運が訪れる、という噂が立ち、客足がさらに伸びたらしい。店の売り上げもぐんと伸びて、マスターの言葉を借りれば『まさに幸運(フォーチュン)のクッキー』。

「へぇー、幸運のクッキーですか。面白いですね。それにしてもケイト、どこからそんなものを仕入れてきたのかな……」
「さあ? でも、彼女の人脈は多彩なようだからな。さてと、僕たちも食べてみようか」
 クラリティに一つクッキーを勧め、私もクッキーにかじりついた。ふむ。悪くない。
 クッキーといっても、かなり薄手の生地で作られているために、今ひとつ味が薄くタンパクだ。
 しかしほんのりと甘みが効いていて、紅茶よりは苦いコーヒーが欲しくなる味だ。
「クッキー自体は普通の薄焼きクッキーだな。本場の極東では、米の粉で作った生地なんだけどね。ま、でも、美味いな。……だが、どこかで食べたことのある味のような……」
「確かに……。私もどこかで食べた気が」

 さて、肝心の占いだが。中から出てきた、赤い文字がタイプされた紙を広げてみると……
「やった、いい感じです。『中吉:待ち人現る、恋愛待つべし』ですって」
「僕は……『吉:浪費に注意、失せモノ現る』、か。まあ、普通だな」
「あ、浪費と言えば、ラスグレイブさん、最近また本を買ったんですよね。
本を買える余裕があるなら構いませんが、この間みたいに家賃を滞納しないでくださいね」
 ……言葉が無い。と、そこへ。
「やあやあ、この店の新しい名物はいかがですかな? 占い、いい結果だったでしょ。……ここだけの話、入ってるのはみんないい内容の奴なんだけど。ま、でも、いい気分でしょ?」
 ケイトが笑みを浮かべながらやってきた。少し客足が落ち着いたのか、こちらに気づいて店から出てきたようだ。
 が、その顔は以前会った時より不健康なものになっていた。化粧である程度誤魔化してはいるが、明らかに肌が荒れている。
「ケイト! あーもう、何てひどい顔! やっぱりちゃんとしたもの食べてないんでしょ。
仕事が上手くいってるからって、体調悪くして倒れちゃったら元も子もないんだから」
「あー、解ってる、解ってるってば。大丈夫、大丈夫」
 ……ふむ。私は思う所があり、席を立った。
「ちょっと外すよ。なんなら僕のサンドウィッチ食べても構わないから」

 暫くの後。私は彼女たちの元に戻った。その間中、クラリティは懇々と、ケイトに健康と美容に関して説いていたようだ。
「……なんだ、サンドウィッチ食べなかったのか。ケイト、悪いけど、紅茶のお代り頼むよ。ブランデー入りでね。あと、クッキーももう一つ貰おうか」
「毎度~。でも、クッキーは好評なんで、今はお客様ひとり一個限りってことなんすけど」
「まあ、プレゼントみたいなもんだよ。それにさっき席を外したとき、マスターには話を通しておいたから」
「そうっすか、了解。では、クッキーひとつにブランデー入り紅茶。リッテは? 」
「私はとりあえず、サンドウィッチ食べてからまた注文するわ」
「ほいほい」
 彼女は店内に戻っていった。