連載企画 小説版 『名探偵は貰えない』 その2 (隔日掲載 全4回予定)

名探偵は貰えない
ラスグレイブ探偵譚より 著作『チームレッドへリング』

【本作のアプリ版、電子書籍版などは此方から】
            
―2―

 警部補さんが帰って、手にした小説を10ページほど読んだ頃、また、ベルがなり、店にお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ……あ、アイリーン姉さん、それにアルさんも」
「やあやあ、店番ご苦労さん、わが妹よ」
「こんにちわ、クラリティさん。お変わりありませんか」
 姉さん……アイリーン・スロウは、私の従姉。と言うよりは、姉妹、お姉さん、かな。
 もっとも、私は孤児院の出だから、直接の血の繋がりはないんだけど。
 まあ、今となってはそんな事、お互いに気にもしていませんが。
 アル……アルフレッド・ニューマンさんは、姉さんと同い年の北新大陸人。
 先の大戦中、親戚筋を頼って北新大陸に疎開した時に知り合ったとか。
 今はご実家の製缶工場の、英国にある下請けの一つに勉強しに来ているそうですが。
 ……ホントは、アイリーン姉さんの事が気になって、気になって、しょうがないから英国に来ちゃったらしいです。ちょっと、うらやましいかな。

 ともかく、変わったことと言えば。
「変わりはないですけど、妙なことがあったんです。さっき、警部補さんがお店に来て、ラスグレイブさんを探してたんですけど、お話してるうちに、また来るって言ってあわてて帰っちゃったんです。いつもは、いなくても、仕事サボって……じゃなくて、世間話なんかしてから行くのに」
「ふーん、探偵さんに、何か内密で、急ぎの依頼でもあったんじゃないかなぁ? 」
「あっ、そういえば、アイリーンと合流する前、僕、先生を見かけたかもで」
 そして、アルさんは少し声を潜めて。
「それも、アングラな、ポルノ小説とか雑誌とかを扱う怪しい店が並んでる、川の向こうのクロス地区で見たんですよ。先生にしては場違いなところにいるから、他人の空似と思って声は掛けなかったんですけど」
 先生と言うのは、ラスグレイブさんの事だ。推理好きのアルさんにとってラスグレイブさんは探偵の先生、という事らしいですが、ラスグレイブさんはそう呼ばれるのにあまり良い顔をしてないようです。もっとも、『師匠』とか呼ばれるよりはマシ、らしいですが。

「へぇー、探偵さんがねぇ。そういうものを。まっ、探偵さんもオトナのオトコだしぃ、こっそり、そういうもの買っててもおかしくないよねー」
 姉さんが面白がって言う。それを聞いた私は取り乱して。
「ら、ラスグレイブさんがそんなものを……やっぱり、オトナのオトコの人は、オトナの女の人がいいんでしょうか……一人でこっそり行ったのはそういう事なのかな? 」
 ……お恥ずかしい、私の悪癖ともいうべきか、妄想がどんどん頭の中で膨らんで。
「ところでアル、あんた、なんでそんな怪しい所に行ってたのよ。まさかあんたも」
「社会勉強だよ、社会勉強」
「何が社会勉強だ、この」
 姉さんとアルさんが取っ組み合うのも上の空で。
「もう一寸、オトナになれば、あんなことも、こんなことも……ふふふ。……駄目、駄目ですラスグレイブさん、駄目ですったら……あははっ」
 ああ……妄想、いいですね……。私も早く大人に……

「アル! やっぱり、お前、金髪か! 金髪女がいいのか!」
「い、いや、違うよアイリーン……。ちょ! 痛い痛い、つねらないで。せめて殴って」
「お望み通り!」
 姉さんがアルさんに殴りかかったその時。
 またしても誰かが来店。ベルの音で一気に現実に帰る。

本作の他、未発表タイトルを含む3作を纏めた公式同人誌『彼と彼女の探偵譚』を、夏コミC92にて発表予定です。