連載企画 小説版 『幸運対菓』 その3 (隔日掲載 全4回予定)

幸運対菓
ラスグレイブ探偵譚より 著作『チームレッドへリング』

【本作のアプリ版、電子書籍版などは此方から】

「あ、あの、一体どういう事なんですか? 私、全然わからなくて」
 まあそうだろう。全くクラリティに説明せずに、自分の頭の中だけで推理した結果をいきなり話したのだから。
「よし、じゃあ、順を追って説明していこう。……まず最初に、ケイトは、どういうルートか解らないが、恐らく格安でフォーチュンクッキーを仕入れたんじゃないかな。それを、イロジカルに一寸マージンを載せて、売りつけるつもりだったんだろうね。一寸面白いものだし、イロジカルでサービス品として出せば評判になるだろうと考えたに違いない。
「でも、ケイトはそこで欲を出した、というかもっと良いアイデアを閃いたんだ。自分が確実な儲けを得られ、尚且つ、イロジカルの評判が上がって客足が伸び、その方策を進言した自分の給料も上がる方法をね。それは、自分でフォーチュンクッキーを作ってしまうことだ」
「えっ! クッキーがあるのに、クッキーを作る……? そうなの? ケイト」
「お答えしかねます。ってか、折角ラスグレイブさんが推理の説明してるんだから、私が答えちゃダメでしょ」
「うん、まあ、それだとここで話終わっちゃうし。あー……おほん、で、ラスグレイブさん、あのフォーチュンクッキーは全部ケイトが作ったもの……なんですか?」
何だか釈然としない会話の流れだが、まあ、細かい部分に突っこむのはよそう。
「いや、クラリティ、そうじゃないんだ。あー、そもそも、フォーチュンクッキーは、丸めた煎餅状のクッキー生地の中に占いを書いた紙が入っている、っていうものだよね。要素をわければ、クッキーと占いの紙だ」
「確かにそうですけど。あっ、占いの紙はそのまま使ったんですね」
「そう、ケイトは、まず、格安で仕入れたフォーチュンクッキーから占いの紙を取り出して、客の気分をよくさせたり、売り上げに都合の良い文言を中心に1箱50個の1セット分を作りだした。そして、自ら焼いたクッキーに仕込んで、『幸運度を上げた』フォーチュンクッキーを作ったんだ」
「なるほど、それが評判を呼んだんですね。確かに、大吉と凶だったら、大吉が出た方がお客さんは喜びますものね、追加の注文だってしてくれるかもしれませんし。……凄いじゃないケイト」
「う、あ、さ、さぁ、何の事だか。私は、一寸した伝から仕入れただけっスよ」
「そうかい。正直、ケイトはあまり料理が得意でないと聞いていたから、クッキーを自作するという事は盲点だった。だけど、考えてみれば、ケイト、君の養母であるシスターママが居る実家の教会では、よく日曜礼拝の後にクッキーを配ったりしていたね。その手伝いをしていたと考えれば、クッキーくらい焼ける、それくらいの腕はあると推測したんだ」
「ええっと、ケイトは、クッキーなら間違いなく焼ける筈ですよ。それにしても、さっき食べたフォーチュンクッキーは、材料の配分からして普通のクッキーとは少し違うものだし、ああいう、形の決まったクレープ状のモノはワッフルのように金型を使うものよね。丸い形だからフライパンで作る事は出来そうだけど、随分と苦労はしたんじゃないかなぁ。それとも、レシピをどこかから仕入れたの?」
「ま、まあ、クッキーでもなんでも作れるけどね。味は保障しないけど。そ、そろそろ戻っていいですか」
 若干目が泳ぎはじめたケイト。
「まあまあ、折角だ、最後まで聞いていきなよ。兎も角、君は、『幸運度を上げた』フォーチュンクッキーの大量生産に取り掛かったわけだ。始めの50個はクラリティの言う通り、レシピの想像、或いは入手含めて随分と苦労したんだろう。熱い内に生地を畳んで占いを入れるのだって熟練が居るだろうし。でもそれを短期間でやりとげ、マスターも納得する製品を作り上げた。大したものだよ。
「こうして、店に納入されたクッキーは反響を呼び、店の売り上げも伸び、当然それを店で売ろうと進言したケイトも昇給して、結果、万々歳、というわけだ。ちなみに、占いの良い結果の文言が全体の三分の一くらいだとすると、最初に仕入れたクッキーの数は、恐らく3倍くらい……150個前後は仕入れたんだろう」
「じゃあ、その仕入れたクッキーはどこに行ったんでしょう……。仮にもシスター見習いのケイトが、食べられるものを無下に捨てる訳有りませんし、多少は自分で食べて消費……あっ! 」
「気が付いたね。多分、最初に仕入れたクッキーの大半はケイトの胃袋の中だろうね。クッキーは焼き菓子だから、日持ちもするし、食べればそれなりに腹も膨れる。捨てるわけにもいかず、ケイトは食事代わりに毎日クッキーを食べていたんじゃないかな。だが、クッキー自体はそれほど栄養のバランスがいい訳じゃない。そればかり食べていれば不健康にもなるだろう。ま、どうしても消費しきれない分は、人に食べさせるという手もあるけどね」
「解りました! この間ケイトからもらったチーズケーキ! クッキーの生地が分厚かったのは、余っていたクッキーを沢山使いたかったから、ですね。それに、どこかで食べたことある味だと思ったら、あのケーキに使われていたクッキーの味なんですね」
「そう。そんな理由で作った物だから、ケイトはあの時、クッキー生地のケーキを食べるのを断ったんだろうね。クッキー三昧に飽き飽きしてたわけだ」
 ここで紅茶をもう一杯。
「こうして、巧く行ったように見えた計画だが、誤算もあった。その反響が予想以上だったことさ。追加の注文で、また50個もクッキーを焼かなくてはいけなかった。だが、それでも足りなくなると、これはもう自分の手には負えない。ここまででもケイトにとっては相当の負担だったろう。
「それに、当初手に入れた占いの紙で、幸運度を上げたものは、もう1セットぐらいしか作れないし、一番良いものは使ってしまっている。最初の評判が出来てしまえば、後は少し細工した程度の内容で構わないから、悪く無いだけでも良いかもしれないが、いずれ、もう後は無い。だからマスターに進言して、自分たちで占いの紙を作り、クッキーも自作しよう、という事にしたのだろうね」
「はぁ……何でもお見通しってわけッスか。降参です、白状するっス」
 ケイトは肩をすくめた後、お手上げのジェスチャーをした。